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仙台高等裁判所 平成11年(ネ)327号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金一億二七四〇万円及びこれに対する平成八年一二月三日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決、並びに仮執行の宣言。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、被控訴人との間で火災保険契約を締結した控訴人が、保険の目的である動産が火災により全焼したとして、被控訴人に対し、右保険契約に基づいて、保険金一億二七四〇万円の支払いを求めて提訴したところ、原審が保険金請求権の時効による消滅を認めて控訴人の請求を棄却したので、控訴人が控訴した事案である。

一  争いのない前提事実

1  火災保険の締結

控訴人は、平成八年一月二二日、被控訴人との間で、次の内容の火災保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。

<1> 保険の目的

控訴人所有の営業用什器、備品、商品、製品等(以下「本件動産」という。)

<2> 保険の目的を収用する建物

福島市野田町四丁目八八番地一四所在の木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗(以下「本件店舗」という。)

<3> 保険金額

一億二七四〇万円

<4> 保険料

三四万八九二〇円(年払い)

<5> 保険期間

平成八年一月二二日午後四時から平成九年一月二二日午後四時まで

2  事故の発生

平成八年二月三日午前一時ころ、本件店舗で火災が発生し(以下「本件火災」という。)、本件動産が全焼した(以下「本件保険事故」という。)。

3  約款上の免責事由

(一) 故意又は重大な過失による損害

本件保険契約に関する約款上、被控訴人は、保険契約者の故意又は重大な過失によって生じた損害に対しては、保険金を支払わないこととされている(本件約款二条一項(1))。

(二) 提出書類の不実の表示

本件保険契約に関する約款上、被控訴人は、保険契約者が、提出書類に不実の表示をしたときは、保険金を支払わないこととされている(本件約款二六条四項)。

4  控訴人は、平成一〇年一二月三日、本訴を提起した。

二  争点及び当事者の主張

1  約款上の免責事由である故意又は重大な過失による損害の有無(抗弁一)

(一) 被控訴人の主張

控訴人代表者は、火災保険金を得る目的で、本件店舗の一階奥畳敷和室の中央部において、強い可燃性を有する物を置いた移動式三段陳列棚に接する石油ストーブに点火し、その周辺を燃え上がらせる方法により放火し、本件火災を発生させた。

仮に、そうでないとしても、控訴人代表者は、右のように火災発生の極めて高い可能性がある状況に置かれていた石油ストーブを点火状態のまま、放置し、本件店舗を留守にして、本件火災を発生させたものであるから、重過失がある。

(二) 控訴人の主張

本件火災が控訴人による放火であるとの証拠は全くない。

本件火災の出火箇所は、消防署の調査では、一階店舗内の石油ストーブ付近とされており、確定されてはおらず、中原輝史作成の鑑定書(乙第七号証)は、出火原因を接炎出火(不審火)とするが、放火とはしていない。

出火箇所付近の石油ストーブが点火状態になっていたとの証拠はなく、消防署の調査報告でも石油ストーブから付近の可燃物に燃え移ったとの認定はしておらず、控訴人の重過失による火災であるともいえない。

2  約款上の免責事由である提出書類における不実の表示の有無(抗弁二)

(一) 被控訴人の主張

控訴人は、本件火災によって被った損害が七八二万四一四〇円であるにもかかわらず、被控訴人の代理店に対し、これを一億二七四〇万円と不実の記載をした報告書を提出した。

また、控訴人は、本件保険金請求のために、本件火災直後の本件店舗内において合計六二七万一一五五円の衣類の納品を受け、また、営業を行っていたことを示す虚偽の納品書(乙第八号証別添一一)及び売上帳(乙第一五号証)を被控訴人に提出した。

したがって、約款の規定に基づき、被控訴人には保険金を支払う義務はない。

(二) 控訴人の主張

控訴人の損害は、本件保険金額一億二七四〇万円以上であり、本件保険契約の締結にあたって、被控訴人代理店の大槻勝男が本件動産を点検調査し、保険金額を一億二七四〇万円と評価しており、控訴人の報吉書に不実の表示はない。

3  時効による火災保険金支払義務の消滅の有無(抗弁三)

(一) 被控訴人の主張

損害保険である火災保険の保険金支払義務の消滅時効の期間は、二年であるところ、その起算日は保険事故による損害発生の時であるから、本件保険事故の発生の翌日から本訴提起までに二年が経過した。

被控訴人は、控訴人に対し、平成一一年一月二二日の原審第一回口頭弁論期日において、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

仮に、平成八年一二月二日に債務の承認があるとする控訴人の主張を前提にしても、その翌日から本訴提起までに二年が経過した。

被控訴人は、控訴人に対し、平成一一年六月一五日の原審第三回口頭弁論期日において、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

(二) 控訴人の主張

消滅時効の起算点は、権利行使が現実に期待できるときとすべきである。

本件保険事故の発生後、被控訴人は、火災原因等を調査中であると述べて、平成八年一二月三日付け内容証明郵便で支払いを拒絶するまでの間、支払拒絶の意思を明確にしなかったのであるから、消滅時効の起算点は、同年同月四日とすべきである。

本訴の提起は、平成一〇年一二月三日であるから消滅時効は完成していない。

4  債務の承認による時効中断の有無(抗弁三に対する再抗弁)

(一) 控訴人の主張

被控訴人は、平成八年四月から同年一二月二日までの間、控訴人に対し、本件火災による控訴人の損害は約七八二万円であり、右金額であれば支払うことを明示又は黙示に表明して、本件保険契約に基づく保険金支払債務を承認していた。

したがって、消滅時効は中断している。

(二) 被控訴人の主張

被控訴人は、控訴人に対して如何なる意味でも本件保険金請求に対して「債務の承認」をしたことはない。

時効中断としての「債務の承認」は観念の通知であって、法律状態を指すものではなく、「交渉中」という状態が「債務の承認」にあたるというのは控訴人の独自の見解である。

5  時効の援用についての権利の濫用(抗弁三に対する再抗弁)

(一) 控訴人の主張

保険金請求権につき短期消滅時効が定められた理由は、保険制度の技術性、団体性のため、相当期間経過後に過去の保険金請求を認めることは、保険事業の円滑な運営を害し、迅速決済が実現できないためとされているが、控訴人は、本件火災発生後一週間以内に被控訴人に対し本件保険事故の報告をし、平成八年三月二七日には保険金を請求し、被控訴人も本件火災の原因や控訴人の損害については十分調査している。そして、控訴人が時効期間内に本訴を提起できなかったのは、本件保険事故により財産を喪失し、被控訴人から保険金の支払いを拒まれたため、裁判費用の調達に時間を要したためである。被控訴人がかかる事情を知悉していたことと、本訴の提起が時効期間経過後わずか一〇か月後であることに鑑みれば、被控訴人の消滅時効の援用は権利の濫用である。

(二) 被控訴人の主張

保険契約は、善意契約性を有することから、契約関係者に特別の善意と信義誠実が要請されており、保険金請求権を保険事故発生の時から二年以内に速やかに行使することを求めることについても何らの不当性はないところ、控訴人は、極めて高額な不当請求を執拗に繰り返し行っていたものであり、信義則の観点から救済しなければならない必要性等もおよそ認めることができない。

権利行使のために訴訟提起に費用を要するということと、消滅時効制度とは何ら関係がないものである。

6  本件火災により生じた損害の額

(一) 控訴人の主張

本件火災により控訴人が被った本件動産の損害は、一億二七四〇万円である。

(二) 被控訴人の主張

本件火災により控訴人が被った本件動産の損害は、七八二万四一四〇円である。

第三争点に対する判断

一  争点1(抗弁一・故意又は重大な過失による損害)について

1  本件火災の状況について

甲第三号証、第七号証の二、乙第三号証、第六号証の三、第七、第八号証及び第一三号証によれば、次の事実が認められる。

(一) 平成八年二月三日午前一時ころ、木造亜鉛メッキ鋼板葺モルタル二階建居宅(床面積 一階六八・五二平方メートル、二階二八・九八平方メートル)の本件店舗から出火し、その内部がほぼ全焼し、同日午前二時三二分ころ鎮火した。

本件店舗の焼損状態は、二階の部屋より一階の部屋の焼損が強く、特に一階中央に位置する畳敷和室の上方に架かる鴨居中央部分が最も焼損が甚だしく、ここから周囲に火炎が広がって焼損が拡大している。

この鴨居の焼損が甚だしい部分の下方には細長い三段式衣装陳列棚が畳敷の上に置かれており、同陳列棚も三段とも棚板が焼損しているが、一番下の棚板の南側東部分の焼損が激しく、一部焼け落ちており、一方、その下の畳敷部分はほとんど焼損していない状態である。

(二) 一階同室には、自然発火する生活物資や電気的に出火する危険のある器具等はなく、焼損の状態で前記特徴以外は注目すべきものはない。

本件火災当時、前記陳列棚の付近には、同室階段上り口西側に位置して反射式石油ストーブ(芯上下式)及び石油ポリタンクが置かれていた。

2  出火の箇所及びその原因について

右の焼損の状態に照らすと、出火の箇所は本件店舗一階中央の畳敷和室に置かれた前記三段式衣装陳列棚であると推認され、この部分から上方や周辺に火炎が広まったものと推認され、その出火の原因は接炎出火(不審火)の可能性が高いといえるものである。

本件火災当時、前記石油ストーブが点火されていたかどうかについては、当時の同石油ストーブと前記三段式衣装陳列棚との具体的な位置関係を明らかにする資料もないうえ、当時の同石油ストーブ自体の物理的状態を明らかにする資料も提出されていないから、明確にはならないが、本件火災の原因を調査した東北損害保険株式会社の調査員が福島消防署の担当者から得た情報では、本件火災当時、同石油ストーブの芯は上がっていたとのことであり(乙第一三号証、当審証人光井有一の証言)、また、福島市消防長作成の「保険金請求事件、平成一一年(ネ)第三二七号に伴う照会について(回答)」と題する書面(甲第七号証の二)によれば、本件火災の火災調査報告書には、出火箇所は「一階店内の階段上がり口西側に置かれた石油ストーブ付近(推定)」と記載されているから、同石油ストーブが点火されていた可能性も相当程度あるというべきである。

3  本件火災と放火との関連について

前記石油ストーブに関して、当審控訴人代表者本人尋問の結果では、控訴人代表者は、本件火災前日午後七時に閉店のために本件店舗内の石油ストーブ等の火元を消し、戸締まりをしたうえ、本件店舗を出たと供述しているが、控訴人が前記石油ストーブを消火したことを前提とし、また、前記の福島消防署の担当者からの情報では、本件店舗一階の風呂場の出入口が無施錠であったこと(乙第一三号証)を考えると、本件火災は、何者かが本件店舗に入り、本件店舗等を焼損する目的で前記石油ストーブに再点火し、あるいはその他の手段で放火したことにより発生したものであるとの疑いが一応生じることになる。

4  そこで、証拠上、本件火災発生前の最も近接した時間に本件店舗にいたことになる控訴人代表者と放火との結び付きを検討することとする。

(一) 控訴人の放火の意図を一応推測させるものとして、次の事情が認められる。

(1) 本件保険契約の締結の日から一二日後という極めて短期間に本件保険事故が発生している。

(2) 本件火災による本件動産の損害は、本件火災の六日後に、被控訴人従業員光井有一及び株式会社中央損保鑑定事務所の従業員で日本損害保険協会登録損害保険鑑定人の資格を有する二名が、控訴人代表者の立会いの下、本件店舗に臨んで、本件動産の損害状況を具体的に調査した結果、約七八二万円であると査定されているが(乙第八号証、当審証人光井有一の証言)、本件保険契約の保険金額は、一億二七四〇万円と極めて高額なものであり、控訴人は、本件動産の商品価値を過大評価したうえ、本件保険契約を締結している。

(3) 控訴人は、不動産競売手続における競落間近の本件店舗に新規に入居して店舗営業を開始し、売却許可決定(平成八年一月三〇日)の後、直ぐに本件火災が発生している(乙第三ないし第五号証、第六号証の一ないし三、第一三号証、当審控訴人代表者本人尋問の結果)

(4) 控訴人は、本件火災当時、少なくとも二〇〇〇万円前後の債務を負担していた(当審控訴人代表者本人尋問の結果)。

(5) 控訴人は、本件動産の損害についての被控訴人の査定が前記のとおりの金額であるのに、被控訴人に対し、一億二七四〇万円という高額な保険金の請求を執拗に繰り返していた(甲第六号証、乙第一六号証の一、二、当審証人光井有一の証言、当審控訴人代表者本人尋問の結果)。

(二) 本件火災前後の控訴人代表者の行動について

当審控訴人代表者本人尋問の結果では、控訴人代表者は、本件火災前日の二日午後七時に閉店のために本件店舗内の石油ストーブ等の火元を消し、店舗出入口のシャッターを閉めるなどの戸締まりをしたうえ、一階風呂場出入口から本件店舗外に出て、右出入口を施錠し、その後、従業員との新年会を行うために、本件店舗から車で三〇分位の所にある福島市飯坂温泉の旅館福住に従業員と一緒に赴き、同旅館で従業員等三名と飲み食いした後、従業員二名とともに宿泊し、翌三日午前六時ころ、同旅館において、本件店舗の近くの店舗に勤める者からの連絡により、本件火災の発生を初めて知り、急いで本件店舗に駆けつけた旨、並びに警察及び消防署の現場調査にも立ち会い、その後の調べも受けているが、警察等からは本件火災が不審火であるとの話を聞いている旨を供述している。

控訴人代表者その他数名が本件火災前日の夕方から本件火災当日の午前六時ころまでの間、旅館福住で飲食等して宿泊したこと、同旅館女将は、深夜、客からタクシーの注文があったとの記憶は有していないこと、以上の裏付けが東北損害保険株式会社の調査員による調査で判明している(乙第一三号証)。

そして、控訴人代表者が旅館福住に宿泊中に旅館から外出したことを認めるに足りる証拠はなく、本件火災発生前後に近接した時間帯に、本件店舗に出入りする人物があったとか、本件店舗内に人の気配があったとかの事実を認めうる証拠はない。

(三) そこで、前記(一)及び(二)の各事情を対比して考えるに、控訴人と放火との関連は、その主観面ではかなり色濃いものといえるが、一方、客観面では、証拠上、かなり薄いものとなっており、これに、本件火災の原因が具体的に判明していないことも併せ考えると、控訴人代表者と放火とを結び付けることはできないといわなければならない。

5  控訴人の重過失について

本件火災当時、前記石油ストーブが点火されていたとすれば、控訴人代表者が消し忘れた可能性が高くなり、控訴人の過失が問題となるが、同石油ストーブが点火の状態にあった点に関する直接的な証拠や、これを火元にして近接する物が燃えたとの事実を認めるに足りる証拠はなく、したがって、控訴人の重過失は、これを認めることができない。

6  以上により、本件約款二条一項(1)に該当する免責事由は認められない。

二  争点2(抗弁二・不実の表示)について

1(一)  控訴人が被控訴人に提出したとする不実の記載をした報告書は、証拠として提出されておらず、右報告書についての被控訴人主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  乙第八号証、第一五号証、当審証人光井有一の証言及び当審控訴人代表者本人尋問の結果によれば、控訴人は被控訴人に対し、本件火災当日の日付でセーター等の衣類が本件店舗に納品されたことが記載されている納品書(乙第八号証別添一一の納品書)及び本件店舗において同日に一九万三七一〇円の売上げがあったことが記載されている売上帳(乙第一五号証)を提出しているが、本件火災当日は本件店舗が午前二時ころ全焼し、その後、営業することができないことは控訴人及び被控訴人において明白な事柄であることから、控訴人が被控訴人に対し、あえて同日に納品があったり、売上げがあったりした旨を誤信させる意図で提出したものと理解するのは合理的でなく、右納品書の日付は、誤記か経理上の便宜的記載の可能性があり、かつ、納品自体が不実であると認めるに足りる証拠はないし、右売上帳については、なぜ同日の売上げを記載したのか、不可解な面があるにしても、本件動産についての保険価額の査定の作業に及ぼず影響は少ないものと認められる。

そうすると、右納品書及び売上帳の提出をもって、提出書類に不実の表示をしたときには該当しないというべきである。

2  以上により、本件約款二六条四項に該当する免責事由は認められない。

三  争点3(抗弁三・時効)について

1  損害保険の一種である火災保険の保険金支払義務は、商法六六三条により二年の短期消滅時効にかかり、その消滅時効はその権利を行使し得る時より進行するが、権利を行使することができる時とは、法律上これを行使することができる時の意味であるところ、保険金請求権は、保険事故発生と同時に発生するものであり、保険約款に定める被保険者の協力義務や保険会社の調査義務は、保険金請求権の発生要件や権利行使の条件となっているものではないから、保険事故発生の時から消滅時効が進行し、被保険者の必要書類の提出の時期や、保険会社の調査の完了の時期が消滅時効の進行開始に影響を及ぼすものではないと解すべきである(ただし、保険会社の調査の懈怠により被保険者の権利の行使が著しく阻害された事態が発生した場合には、保険会社の消滅時効の援用が信義則違反として許されないこともあろう。)。

なお、被控訴人の保険金支払意思が明確になっていないことと控訴人が保険金請求権を法律上行使することができるかどうかは、関連がないことであるから、被控訴人が平成八年一二月三日付け内容証明郵便で保険金の支払いを拒絶するまでにその支払意思を明確にしなかったことをもって、消滅時効の起算点を同年同月四日とすべきであるとの控訴人の主張は、理由がない。

2  本件保険事故は、平成八年二月三日午前一時ころに発生したから、その時から消滅時効が進行し、本訴提起の平成一〇年一二月三日には約二年一〇月が経過していること、被控訴人が控訴人に対し、平成一一年一月二二日の原審第一回口頭弁論期日において、消滅時効の援用をしたことは、当裁判所に顕著な事実である。

四  争点4(再抗弁・債務の承認)について

1  当審証人光井有一の証言及び当審控訴人代表者本人尋問の結果によれば、被控訴人従業員光井有一は、控訴人代表者や、そして、同人がいっこうに保険金の支払いを受けることができないことから交渉を依頼した蓬田勝文、勝田陽雄及び古川潔との間で複数回にわたって面談交渉をしているが、その交渉中、本件火災後の調査の結果から、本件火災が大変不自然な火災であり、実際の損害も一〇〇〇万円に満たないとの認識を持ち続け、右控訴人代表者等に対しても自己の認識を伝え、同人らからの保険金請求を承認することができないとの態度を取り続けていたし、平成八年一一月二八日には、福島市飯坂町のレストランにおいて、控訴人代表者と面談し、本件火災では保険金を支払うことができないことや、訴訟で解決する方向しかない旨を明確に伝えていることが認められる。そして、甲第五号証及び当審控訴人代表者本人尋問の結果によれば、被控訴人代理人弁護士は、同年一二月三日、控訴人に対し、「御通知」と題する書面で、本件火災については、保険金を支払わない旨、控訴人に不満がある場合でも、同人とは交渉する意思がないので、訴訟提起による方法を採るよう要請する旨の通知をし、同書面は、同月五日、控訴人に到達したことが認められる。

また、甲第六号証、乙第一六号証の一、二によれば、控訴人代表者は、平成八年三月二七日、東京高等裁判所内の郵便局から、被控訴人福島支店光井有一宛に「通知書」を発送し、同書面において、被控訴人がいっこうに保険金を支払わないことを問責し、保険金一億二七〇〇万円の早期支払いを要求し、書面の到達後一週間以内に支払いがない場合には、被控訴人本社との交渉に切り換えて、損害賠償を含めた訴訟の提起を行う心算である旨を通知していることが認められる。

右認定の事実に照らすと、本件保険事故をめぐる控訴人と被控訴人との交渉の状況は、本件保険事故について前記のとおりの認識を有する被控訴人において、本件保険契約の保険金額一億二七四〇万円の支払いを要求し続けてくる控訴人に対しては、保険金として約七八二万円なら支払う意思があるとの態度を取り続ける合理性があるような状況ではなかったといえるのである。

2  以上により、「債務の承認」についての控訴人の主張は、これを認めるに足りる証拠はないから、理由がなく、本訴提起までに、消滅時効の期間として、本件保険事故の発生した日からは約二年一〇月、右の平成八年一一月二八日からは二年と数日がそれぞれ経過しているものである。

五  争点5(再抗弁・権利の濫用)について

1  甲第六号証、乙第七号証、第八号証、第一三号証、第一六号証の一、二、第一七号証、第一八号証、当審証人光井有一の証言及び当審控訴人代表者本人尋問の結果によれば、控訴人は、被控訴人に対し、本件火災発生後一週間以内に本件保険事故の報告をし、平成八年三月二七日には保険金の請求をしていること、被控訴人においては、平成八年七月ころまでには、本件火災の原因、損害を受けた本件動産の種類、品数及び金額について、十分調査し、ほぼ検討も終わっていたことが認められるが、被控訴人の控訴人に対する対応は前記四1のとおりであり、被控訴人が控訴人に対し、平成八年一二月三日付け書面で保険金支払いの拒絶の意思を伝えるまでに、保険金の支払いが受けられるものとの期待を持たせたり、いたずらに月日を経過させてしまったというような経緯はなく、また、被控訴人において、保険金支払義務があることを十分に理解しながら、あえて、保険金の支払いを拒絶していたとの事情もなく、一方、控訴人においても、右書面を受け取ってから消滅時効が完成する平成一〇年二月三日午後一二時(同月四日午前零時)までに、約一年二月の月日があったものであり、被控訴人に対する訴訟提起を準備するに十分な時間があったものといわなければならない。

右認定の事情であるから、被控訴人が保険金支払義務の消滅時効を援用することは、権利の濫用とは認められず、控訴人の経済的事情により訴訟提起が遅れたことが事実であったとしても、本件においては、被控訴人について権利の濫用を肯定すべき事情とはなり得ないものと思料する。

2  したがって、権利の濫用をいう控訴人の主張は理由がなく、本件保険契約に基づく被控訴人の控訴人に対する保険金支払義務は二年の時効により消滅し、これにより控訴人の保険金請求権は消滅したものである。

六  以上の次第で、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、理由がないからこれを棄却すべきである。

そうすると、右と同旨の原判決は相当である。

よって、本件控訴を失当として棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 喜多村治雄 裁判官 小林崇 裁判官 片瀬敏寿)

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